書いてみると、気持ちが少し晴れてくる。
そんなの迷信だと思っていた。
今週は、未来に散らばる負の要素に苛まれて、いろいろとうまく進まない日々を過ごしていた。ある程度、方針なんかもいろいろ見えたけど、頭がずっと回り続けている。まるで、厳戒態勢の軍隊のように四六時中。
でも、これはなかなかに重労働。シフト制でも、交代制でもない私自身の過稼働に他ならない。だから、さっき書き出してみたんだ。頭の中にグルグル回る負の螺旋を……。
それは決して、外に出せる代物ではない。別に極端なことが書かれている訳でもないが、何とも個人的なことの羅列だからである。しかし、書いている途中に気が付いたこともある。それは、気持ちを書き出した駄文が、そのまま創作の種になる(可能性を秘めている)と。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
でも、書いている最中、思ったのは――
「今、書き出した文章を作品化できないかな?」
ってことだった。
不思議だと思わないか?
ずっと、悩んでいたにもかかわらずだぜ。
でも、これにはいろいろな気付きがあったのかもしれない。考えすぎて、悩みすぎて、眠れなくなったら、とりあえず書いてみる。すると、書いている時は何も考えなくなって、気持ちも自然と前を向いている。
今、書いているこれは、負の螺旋の直後に書き出したエッセイである。ライブ感ではあるが、生々しい描写は抑えられているのではないかと思っている。
外を見ると、空が青いね。白い鳥も飛んでいる。窓を開けると、風もないし、熱気だけが伝わってくる。そんな夏の日の昼。こんな晴れた日に、不貞腐れていても仕方がない。何か書いて、心を青く染めていこうか。
良いことも、悪いことも、未来の自分なら何とかする。きっと、そうに違いない。そう思えたのは、書き出したおかげなのは間違いない。
書いてみると、気持ちが少し晴れてくる。
それは迷信じゃなかった。少なくとも、私には最高の晴れ乞い道具。
あぁ、創作に出会えて、書くことに出会えて本当に良かった。そんな風に思える昼下がりのコーヒーブレイク。
以上


